「神様の話」
ピアノを弾いている時、僕の隣に神様がいた。
僕が鍵盤を一つ弾く度、弦が空気を揺らす度、優しい表情で微笑みながら目を閉じるのだ。
神様が嬉しそうにしているのを見るのが、僕は好きだった。
だから一生懸命練習した。
指がどんなに疲れても、弾けないのが悔しくて涙をボロボロに流しながらでも。
弾けるようになるまで弾き続けた。
いつの間にか、神様がいない日が増えた。
でも平気だった。
次会ったらどんな演奏をしてやろう。そう考えるとワクワクした。
ある日、ベートーヴェンの「エリーゼのために」を弾き終わった時、後ろから拍手が聞こえた。
「久しぶりだね。」昔と変わらない表情で神様は笑う。
「君の音はとても美しい透明だ。」満足そうにそう言った。
そうして一呼吸置いた後に、
「少しお別れしなくちゃいけないんだ。」と神様は突然にそう告げた。
「何で?」と返す僕に、「大丈夫、いつかまたきっと会える。」と微笑みながら言う。
不服そうな僕の横から神様はすっと手を伸ばして鍵盤に触れた。
その瞬間、ピアノが歌声を上げた。
その音は一瞬で空気に溶けて、僕の体を柔らかく包んだ。
魔法みたいだ、そう思った。
「この音を出せるようになること。次に会うまでの宿題だ。」
少しいたずらっぽく神様は笑った。
そして、そういうや否や、まるでそこに何もなかったかのように消えてしまった。
今でもまだ僕は、神様に会えないでいる。
あの音は僕の耳に残ったままだ。