「ペンネーム」
憎たらしいほど空は晴れている。
「今この場所がどんなに曇っててもさ、どっか遥か遠くの空は絶対晴れてんだよ。」
あいつが自慢げにそう言っていた。僕はそっけなく返す。
「当たり前だろ、雲がそんなでかいわけないんだから。」
それを聞いたあいつは馬鹿みたいに大きな声で笑って、
「もっとロマンチックに生きようぜ、お前には想像力が足りねえんだ。」
と言った。そもそれを想像力なんてたいそうな名前で呼んでいいのか。当たり前の現象だろうに。
「うるせえよ、ちょっと黙ってろ。」
雨だれの道を歩く二人の間に沈黙が流れる。少し夏の気配がする6月の空気は、蒸し暑いのに冷たくて、うっとおしいことこの上ない。
「だからさ、」
飽和した空気に溶かすようにあいつが呟く。
「今どんなに辛くてもいつかは辛くなくなるんだよ。」
なっ、と言いながら僕の背中をたたいた。蹴られた箇所がずきずきと痛んだ。
「おーい、聞いてっかー?」
間の抜けた声で続けるあいつが妙にむかついて、でもなぜか泣きそうになった。
唇を全力で噛みしめながら、「うるせえよ。」とだけ零した。あいつはニヤッとして、
「お前、いつまでたっても泣き虫だよなあ。」
と言った。顔が急に熱くなって、
「泣いてねえよ馬鹿野郎。」
とだけ苦し紛れに早口で言った。その日の雨は夜半には止んで、洗われた空に瞬く星がやけに綺麗で。明日のあいつが得意げな顔で笑ってる様子が浮かんで、なんか悔しくなった。
あいつは二度と学校に来なかった。
次にあったのは八日後。顔にはニキビの名残があるのに、まるで粉を吹いたかのように顔が白かった。あいつはきっと、いつか来る遥か遠くの晴れた空を、ずっとずっと待ち続けていたんだと思う。真っ暗な重い雲の下で、ずっとずっと一人で。
やっぱりあいつは大馬鹿野郎だ。
その日、憎たらしいほど空は晴れていた。あいつがずっと待っていた空だ。
僕の記憶の中にのみ、あいつは今も生き続けている。どうしてか、ずっと忘れられない。
そんなままの僕もきっと、“大馬鹿野郎”なのだと思う。
文:遥晴