「花一つ」

「花一つ」

 

もうじき雪が解ける

差し込む光が温くなった

あいつは死んでしまっただろうか

夏草の匂いがよぎる

 

もうやめろ聞きたくもない

誰も歌なんて求めてない

暖かく暮らしていればいい

それでいいそれだけでいいと諭す僕を

あいつは笑い飛ばして

 

信じられないほど下手な歌で

風が吹けば飛ぶような声で

いつも一人で歌っていた

草原ぽつりねむの木の下

 

もうやめろ死んでしまうぞ

誰もお前を責めやしない

生きている、それだけでいい

それだけでそれだけでいいと願うけれど

あいつは息を吸って

 

信じられないほど下手な歌を

風が吹けば飛ぶような声を

澄んだ冬の夜空に飛ばす

雪原ぽつり星空の下

 

信じられないほど下手な歌を

風が吹けば飛ぶような声を

今日も僕だけ覚えている

草原ぽつりねむの木の下

君の亡骸と花一つ

「キリギリス」

「キリギリス」

 

冬になったら寒くなったら

この喉はもう震えなくなるから

雪が降ったら夏を忘れたら

僕はもう、死んでしまうから

 

空を飛ぶための

羽はとっくに破けてて

高く跳ねるための

足は一本だけじゃ飛べないな

 

誰も僕の唄なんか聞いてない

道行くアリたちに笑われる

「馬鹿の一つ覚え」とけなされて

それでも歌うことしかできない

ああどうしようもないな

そう思うさ、だけど

歌うことだけが僕の一生なんだ

 

冬になったら寒くなったら

この喉はもう震えなくなるから

雪が降ったら夏を忘れたら

僕はもうすぐ死んでしまうから

 

枯れてしまっても

裂けてしまっても

血を吐いて今日も僕は唄を歌う

笑われても、けなされても、かすれていても、誰も聞いてなくても

構わないから、終わりだから、ただ歌うから

澄んだ空気を裂いた愛の唄

「迷惑な話」

 山登りが趣味だった。

 

 といってもそんな真剣な登山じゃなくて、標高500~800mの山を歩く程度。災害用のグッズが入ったカバンに、ドライフルーツを入れて。家の近くの山を回った。開けた斜面に一人で座って、水を飲みながらフルーツをかじる。ただ遠くの街を見ながら思いを馳せる。そんな瞬間が好きだった。

 

 とても晴れた日は遠くまで見渡せた。日本で一番高い塔は地面に生えた小さなつまようじで、西武ドームは半分に埋めた卵だった。

 イノシシが山芋を掘った穴に落ちかけた。道すがら生えてる野イチゴはとてもすっぱかった。木にざっくりと付けられたクマの爪痕を見た。

 山に登るのは好きだった。ただ、不思議なこともあった。

 

 ある日、早朝に山に登っていると降りてくる登山者とすれ違った。軽装のご老人。登山では下る人優先なので、僕が道を譲った。すれ違いざまに「おはようございます」と言ったけど返事はなかった。まあいっかと思い過ごしたが、百メートルと少し歩いてふと気づいた。

 この道の終点はかなり遠くにある。

 よく歩く道だから知っていた。少なく見積もっても、僕が登った側の反対の登山口からこの地点まで歩くのに僕で4時間はかかる。ましてや老人。

 軽装だから泊りではない、ヘッドライトもないから夜行でもない。じゃあ一体どこから来たんだ?恐る恐る振り返ったけど、そこに老人の姿はなかった。

 

 冷や汗を流しながら必死に走る。道中、テントをたたんでいる方がいた。いかにもスポーツをしてそうな若い男性だった。おはようございます、声は震えていたと思う。

「おはよう、一人で来たの?元気だなあ。」

 それこそ僕よりよっぽど元気な声を聴いて肩の力が抜けた。ぎこちない笑顔を浮かべながら「泊りですか?」と僕が尋ねると、「そうそう、レースの下見してたんだ。」と言っていた。

 ここらの山では、一年に一度大規模な山岳レースがある。改めてその人の体格を見て、なるほどなと思った。

 

「ちょっと聞きたいんですけど、朝ここ誰か通りました?」

 僕の質問に男性は首をかしげて、

「いやあ、通ってないと思うよ。僕6時から起きててコーヒー飲んでたけど、誰も見てないし。なんかあったの?」と返した。

 予想はしていたけど、予想通り過ぎた。「いえ、何も...。」僕が沈黙している間に、男性は手際よくテントをたたんで。

 「まあいいや。じゃ、気を付けてね。」と言って去っていった。本当はついていきたかったけど、僕が足手まといになるのも申し訳ない。「そちらも、お気を付けて。」とだけ言って別れた。

 

 可能な限り早く歩いて、山頂で日に当たっていた。僕の後ろから登山者が来るまで、ドライジンジャーを少しずつかじりながら、ずっと待っていた。その日が良く晴れた日であったことだけが救いだった。

 あとから来た人と挨拶をして会話ができるのを確認した後、行先が同じであると分かったのでご一緒させてもらうことにした。

 

 後日調べてみたけど、あの山で人が亡くなったという話は特になかった。だけど、その後しばらくは一人で山には行けなかった。

 

 でも今になって思うのだ。僕がもしも死んだら、きっとあの故郷に帰るだろうと。よく晴れた日の朝がいい。僕のイメージ通りの幽霊だったらふわりと空を飛んでいけるかもしれないけど、もしも足があるとしたら歩いていたいと思う。

 雲が移ろうのをぼうっと眺めて、やまなしの甘ったるいにおいを嗅いで、風の音を聞く。飽きてしまって何処かをふらついても、きっとあの場所に帰る。そんな気がする。

 

 まあなんとも、迷惑な話だ。

 

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 これに関しては、8割以上本当の話。他にもあるけど、それはまたいつか。

 

文責:遥晴(ネギ)

 

 

 

「ペンネーム」

憎たらしいほど空は晴れている。

 

「今この場所がどんなに曇っててもさ、どっか遥か遠くの空は絶対晴れてんだよ。」

あいつが自慢げにそう言っていた。僕はそっけなく返す。

「当たり前だろ、雲がそんなでかいわけないんだから。」

それを聞いたあいつは馬鹿みたいに大きな声で笑って、

「もっとロマンチックに生きようぜ、お前には想像力が足りねえんだ。」

と言った。そもそれを想像力なんてたいそうな名前で呼んでいいのか。当たり前の現象だろうに。

「うるせえよ、ちょっと黙ってろ。」

雨だれの道を歩く二人の間に沈黙が流れる。少し夏の気配がする6月の空気は、蒸し暑いのに冷たくて、うっとおしいことこの上ない。

「だからさ、」

飽和した空気に溶かすようにあいつが呟く。

「今どんなに辛くてもいつかは辛くなくなるんだよ。」

なっ、と言いながら僕の背中をたたいた。蹴られた箇所がずきずきと痛んだ。

「おーい、聞いてっかー?」

間の抜けた声で続けるあいつが妙にむかついて、でもなぜか泣きそうになった。

唇を全力で噛みしめながら、「うるせえよ。」とだけ零した。あいつはニヤッとして、

「お前、いつまでたっても泣き虫だよなあ。」

と言った。顔が急に熱くなって、

「泣いてねえよ馬鹿野郎。」

とだけ苦し紛れに早口で言った。その日の雨は夜半には止んで、洗われた空に瞬く星がやけに綺麗で。明日のあいつが得意げな顔で笑ってる様子が浮かんで、なんか悔しくなった。

 

あいつは二度と学校に来なかった。

次にあったのは八日後。顔にはニキビの名残があるのに、まるで粉を吹いたかのように顔が白かった。あいつはきっと、いつか来る遥か遠くの晴れた空を、ずっとずっと待ち続けていたんだと思う。真っ暗な重い雲の下で、ずっとずっと一人で。

 やっぱりあいつは大馬鹿野郎だ。

 

その日、憎たらしいほど空は晴れていた。あいつがずっと待っていた空だ。

 

僕の記憶の中にのみ、あいつは今も生き続けている。どうしてか、ずっと忘れられない。

そんなままの僕もきっと、“大馬鹿野郎”なのだと思う。

 

文:遥晴

空に

その瞬間、世界が音を忘れる。

 

刹那の沈黙ののちに、世界はまた誰かの音に満ちてしまうけど、その一瞬を狙って僕は遠くの君に言葉を飛ばす。

 

空に溶けた白い息は、いつかきっと雲になる。遠く遠くへ流れていって、もしも君の目に映るなら。この空でさえも僕のキャンバスだ。

 

白い紙切れにボールペンを滑らせる。月並みな表現で日々を綴り、再会を願う気持ちだけを押し込めた。君が読むことのない手紙だ。

そっと引き出しの奥底に隠す。

 

春の桜の下でまた逢えたなら。

「泡立草」

1.

 初めて会った時、彼の声をどこかで聞いたことがあるような気がした。不思議なことに貴方の声を聴くととても落ち着くのだ。でも、どこで聞いたのかは思い出せない。

 付き合って二年が経つ頃、彼の体は今や見る影もなく痩せてしまっていた。病室には黄色い花が入った花瓶が一つ。夕暮れがシーツをオレンジに染めていた。

「この花さ、泡立草って言うんだよ。実家の近くの空き地にいっぱい咲いててさ。綺麗なんだけど、花粉が凄いんだよ。それさえなければいいのにね。」

そう言いながら、零すつもりのなかった涙がシーツの隅を濡らしてしまった。

「……花言葉は『元気』なんだって。昔誰かが教えてくれたんだ。」

彼が私の手を握る力が段々と弱くなっていく。私はそれをごまかすように、ひたすらしゃべり続けた。

「そうだ、思い出した!その人だよ、君に声が似ている人。変な人でさ、カボチャを頭にかぶってて……」

彼の手は私の手の中から滑り落ちていった。

 

2.

 寿命を宣告されたとき、こんなあっけなく人は死んでしまうのかと他人事のように感心した。最初の2週間はただ淡々と部屋の片づけをした。次の2週間で身の回りの手続きと親類への連絡を済ませたが、それでもやはり死の実感は湧かなかった。

 ただ、余命1か月を切ってからいよいよ体がやつれ始め、ようやっと死の近づきを実感した。未練と言えば、君のことくらいだった。

 いつからか、目を開けるのが億劫になっていた。瞼越しに日の光を見れば今はきっと朝なのだと思う。その程度だ。

 その日、ベッドの隣に誰かの存在を意識した。僕の手を握る君とは別に。目視はできないし音もしない。でも、誰かがそこにいるのだ。これがお迎えというやつか。死ぬことは怖くない。ただ、君に申し訳ないとだけ思った。

 せめて、君に一言でも言い残しておけばよかった。もしも神様がいるとしたら、最後だけは願いの一つくらいは叶えてくれないだろうか。そんなことを思いながら目を閉じた。

 

3.

 目を開くと、街角に一人で立っていた。服は病院服のまま。店のガラスに映った顔はひどくやつれていた。商店街はハロウィンをまだ忘れていないようで、至る所に装飾の残骸が落ちていた。小路の向こうから子供たちの笑い声が聞こえた。覗いてみるとそこには黄色の花に彩られた一面の原っぱ。三人の少年と、その中に一人の見覚えがある少女がいた。

 このひどい顔を隠せるものが欲しくて周囲を見渡すと、都合よく中抜きカボチャが転がっていた。頭にはめ込み、恐る恐る小路から出ていくと、子供たちは一瞬その動きを止めた。がそれもつかの間、「とりっくおあとりーと!」などと言いながら突っ込んできた。

 虚弱な体はあっという間に草むらに押し倒される。「こいつよえー」「おかしはー?」「もうおわっちゃったよー」。無邪気とは時に容赦ないものだ。

「君たちは、まるでこの花そのものだな。」

青空を見上げながら、ぽつりとこぼす。少年の一人が「どーゆーこと?」と僕を見下ろしながら尋ねる。

「この花は、『元気』の花なんだよ。」

 「へー」「なんかつよそう」「たしかに」口々に言うや否や、少年たちは花を手折りそれでチャンバラを始めていた。僕は立ち上がって息を大きく吸って叫んだ。

「少年少女たちよ!」

子供たちが全員一斉に振り向く。

「これからきっといくつも、辛いことがある。だけど……精一杯生きるんだ!」

数瞬の沈黙の後、「なんだそれー!」「よくわかんねー」「いみふめー」と散々な言われようを受けた。その少女が、僕に尋ねる。「どうして、ないてるの?」

 カボチャを被ったところで、流れる涙は止められなかったらしい。最後までかっこつけさせてくれなかったな君は。

「これは、×××××××××。」

 これが夢でも構わない。だって、君に一目会えたのだから。

 

4.

 彼の墓はよく日が当たる斜面に立てられていた。

「久しぶりだね。」

無論、返事なんてあるわけがない。

「こんな私でもいいって言ってくれる人ができたんだ。だから、ごめんね。しばらく来られないかもしれないや。」

静寂の後、梅雨明けの暖かい風が頬をくすぐった。「泣かなくていいよ。」そんな声が聞こえた気がした。気のせいなのは知っている。でも、彼なら言いそうだとも思った。

「大丈夫だよ。」私も空に向けて言葉を溶かす。

 

「これは、泡立草のせいだから。」

 

頬を伝った涙を初夏の風が優しく拭いていった。

 

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座の脚本として最初に考えた話です。あくまで、脚本として成り立たせにくかっただけで物語としては結構気に入っています。

真っ黒なバイトの話

この前に体験したバイトの話。

 

ⅰ)応募段階「不用品搬出?オフィスの移転とかかな?」

 この時点で勤務地を確認しなかったのは若干まずかった。というか、地図で確認したら何もないところではあったんだけど、どうせ農家の機材搬出とかかなとか思ってたのがまずかった。

 

ⅰ)送迎時の話

 運転手「ラバー軍手(※軍手の表面がゴムでコーティングされてるやつ)をさ、ゴム手袋と勘違いして持ってくる人いたんだよね。」

僕「あー、字面だけと間違えますよねあれ。」

運「まあ、そのまま仕事してもらったけど。」

 あげなかったんだ...ゴム手袋で搬出作業?手がいかれます、無理です。

 

ⅰ)現場着

 あー、はい。これはいわゆる廃墟というやつですね。明らかに人住んでないよね。というか、雰囲気からしてしばらく無人だったよねこれ。そうきたかあ...

 

ⅰ)極めつけ

「午後休憩の後は、冷蔵庫の掃除してくれ。」

 ...ウェイタミニ...まさかそれ中身入ってるんですか?この家もう電気止まってましたよね…いったい何か月...

 冷蔵庫を開けた瞬間、おぞましい臭気と共におびただしい量のウジ虫が(以下略)一回本気で戻しそうになったけど、戻さなかった僕は偉い。

 人生中で、「『あの体験』よりマシ」と語るときの、「あの体験」が今回の件をもって更新されました。

 

ⅰ)締め

 どんな会社だろうと思ってグーグル先生に聞いてみたら、同名の会社は出てきませんでした。お後がよろしいようで。

 

おまけ(雑感)

・給料はちゃんと出ました。

・同じく派遣で来ていて、僕にマスクをくれた兄さんは命の恩人です。

・身の回りには思った以上に不用品があるんだなと思いました。断捨離しよう。